キング牧師の夢

かつて差別と戦ったキング牧師についてご紹介します。

「私には夢がある」

リンカーン大統領による奴隷解放宣言により、奴隷から脱却できましたが、それは、ただちに人種差別の撤廃を意味する者ではありませんでした。
学校やトイレ、プール、バスにおいてまでも、白人と有色人種によって「専用」が用意されていました。
その時代に、キング牧師はいました。
ガンジーに啓蒙され、自らも「非暴力主義」を徹底して貫きました。
1963年8月28日、ワシントン大行進において、リンカーン記念堂の前で有名な演説がはじまりました。
「私には夢がある」で始まるその演説は、人種差別の撤廃と、各人種の協和という高邁な理想を、簡潔な文体と平易な言葉で訴えたものであり、それは広く共感を呼ぶ結果となりました。
キングを先頭に行われたこれらの地道かつ積極的な運動の結果、アメリカ国内の世論も盛り上がりを見せました。
そして、ついに、1964年7月2日に公民権法が制定されました。
これにより、建国以来200年近くの間、アメリカで施行されてきた法の上における人種差別が終わりを告げることになったのです。

暗殺

こうして、最高の盛り上がりを見せ、勢いをつけた黒人解放運動は、その後、生前のマルコムXやその支持者を代表とする過激派や極端派などへと内部分裂を起こしていきます。
それからも、黒人運動はどんどん暴力的なものになり、次第にキングの非暴力抵抗は時代遅れなものになっていったのでした。
それでも、キングは「非暴力主義」を訴え、活動を続けましたが、その結果、皮肉にも、白人からも黒人からも恨まれる結果になったのです。
黒人から刺殺されそうになる事件も経験し、とうとう、1968年4月4日に白人に射殺されます。

「暴力では差別は解決できない」
キング牧師のその意思を思うたび、本来、仲間である側からも命を狙われることになった悲劇に心を痛めるしかありません。